Mediapinta(メディアピンタ)/タンペレ、2018年
神さまは、城の代わりで構わない。
その敬虔な旗は、高みから人を魅了する。
その誇らしい大砲は、守るに値しない者たちを
撃ち払うための盾になる。
わたしは、その中で生まれた。
取り繕われた美談として、
わたしの誕生は何度も語り直されてきた。
愛することを教えられているつもりだったが、
その「愛」は、よそに拠りどころを求める者への
憎しみを添え物のように差し出した。
嘘はいつだって心をやせ細らせる。
生の偽善は、生まれつきの理解を窒息させた。
生きているあいだに、誰もが一度は
からだも心も解剖台にのぼる覚悟がいる、
自分を失わずにいたいのなら。
わたしはやって来る ― 準備はいいか。
ほとんど存在していないようなわたしなのに、
数えきれないほどの詩を産んできた。
美しい、とはとても呼べないが、
少なくとも、見事にブサイクだ。
それなのに、致命的な欠点すら
たいして見当たらない。
わたしはダメな人間だ。
一度も車を磨いたことがない。
聖餐式なんて呼ばれても行かない。
酒や薬で何度もヘマをした。
下士官候補生学校に行くのも断った。
ときどき下品な冗談を思いついては、ちゃんと口に出してしまう。
わたしはダメな人間だ。
それなのに、人生はなかなか上等だ。
生まれる前に死んでしまった
わたしの子どもたちよ、
ときどき、胸の奥を重くする。
君たちはどこにいるのだろう。
解剖報告書の中か。そうだろう。
墓地の土の下か。そうかもしれない。
わたしたちの心の中か。きっとそうだ。
けれど、できればもうひとつ、
別の答えがほしい。
わたしは心配している。
一人の人間にも出会わずに終わった
子どもたちから、
いったい何が生まれてくるのだろう。
ときおり、君たちを
めちゃくちゃ甘やかして育ててから、
死から守ってやりたいと夢見る。
子どものころ、わたしは水が怖かった。
だから君たちを、水辺には連れて行かない。
狭い場所では息が詰まりそうだった。
だから君たちとは、広い広場ばかりを
歩き回ることだろう……
もし今のわたしでなければ、
人生を平均の何倍も
歓声をあげて喜んでいただろう。
君には想像できるだろうか、
わたしの思考がどう踊り狂うかを。
愛とアイデアと ― そして詩が
泉のようにわき出す。
それを太鼓で打ち鳴らすみたいに
空へと撃ち上げて、
みんなに ― そう、みんなに! ―
わかってもらおうとするだろう。
何ひとつ隠さない。
机の引き出しにしまい込んだりもしない。
もし、わたしが
今とは違う人間だったなら。
わたしには深みがない。
あるとしても、ごく薄い表面だけが
あちこちに張りついているだけだ。
それでも世界が美しくあることを
邪魔するわけではないし、わたしの世界の美しさも同じだ。
たとえば、わたしは「美しさの匂い」を嗅いでみせる。
だが、内側の次元となると……。
厳かに身じろぎもせず祈り込むような、
あの深い真剣さのレベルには届かない。
悲しみの中ですら。
だって、わたしはジョークそのものなのだから。
わたしの自尊心は、
人生に持ちこたえるだけの代物だろうか。
少しは持ち上げられるかもしれない、
あいつを笑いものにすれば。
あいつには、わたしにできたことが
どうしてもできなかったのだから。
わたしの武勇伝は無敵だ。
君たちの誰ひとりとして、
十歳そこそこで、
五階建ての建物のつららだらけの雨どいを
端から端まで、行ったり来たり
行進した者はいないだろう。
ハッリをのぞいて。
だがハッリのことは、
けっして笑いものにはしないつもりだ。
たぶん、わたしの自尊心は足りている。
― たぶん、だけれど。
やさしい人生なんて、ぞっとする。
そんなものを送ったら、
わたしの才能という才能が
むだになってしまいそうだ。
背伸びしたくてたまらないからこそ、
わたしはこれ以上大きく
ならずにいる。
「ふつうの人生」。
それは、どこかのシステムが
マニュアルを用意してくれて、
それに従って生きることのように思える。
わたしは、そんな
子ども椅子に座らされるのはごめんだ。
いろんな意味で、
わたしはごくありふれた人間だ。
それでも、わたしの仕事は
三百六十度の景色だけではないものを見ること、
そう感じている。
だから、何もかも
きれいにそろった「ふつう」には収まりきれない。
やさしく、ふつうの死に方なら、
それには異議を唱えない。
握手で手を打とう。
もし、いつかわたしが
夜明けの銃殺隊にかけられ、
最後の言葉を求められても、
気の利いたことなんて
ひと言も口にしないだろう。
わたしはいつも二つのあいだで揺れている。
二つというのは、多すぎる数だ。
左半身は右へ行きたがり、
右半身は左を見つめている。
そしていつも心に重くのしかかるのは、
どちらの可能性も
台無しにしてしまうのではないかという不安だ。
わたしは雲がうらやましい。
ただ風に身を任せて
流れていけることが。
「欲しい」と思うことさえ知らずに。
「欲しい」と願うことは、
たいてい痛みを伴う。
とくに、自分が何を欲しているのか
よくわからないまま、
それでも、どうしようもなく
欲してしまうときには。
人生という学校の
卒業証書をもらうとき、
わたしの「ていねいさ」の成績は
たいした点数ではないだろう ― そう予感している。
人生のどんなテストが
通知表に反映されるのか、
見当もつかないからだ。
せめて一つだけは
書き込んでおいてほしい。
子どもの人数。
人は死ぬとき、
長いトンネルを通り抜ける
感覚に包まれると聞く。
いいだろう。
わたしは昔から、
トンネルの匂いが好きだった。
ところで、その証書の話だ。
もし、わたしの利他的なところが
評価項目に含まれていなかったら、
きっとわたしは
異議申し立てをするつもりだ。
特別な存在になる
必要なんて、わたしにはない。
この星にいて、
世界をひっくり返していれば
それでいい。
わたしは生まれてきた、
まばゆい福音をまき散らすために、
新しい意識の
伝道師として。
それはつまり、
とりあえずごろりと寝ころび、
からだじゅうで味わうこと、
そして、解き放つこと。
そうやって、誰にも気づかれないように
世界を新しいカタチに
入れ替えてしまうことだ。
わたしは君が好きだ。
ただそれだけで。
これといった理由なんてない。
いや、こう言ったほうがいいかもしれない ―
君のいる場所に
わたしの居場所があるとき、
それがとても心地よいのだと。
だから、気がつけば
君のいるほうへ
からだごと向かっていってしまう。
わたしはきっと
気持ちの伝え方が
ぎこちないのだろう。
胸の内を堂々と
言葉にするのはむずかしい。
でも、多分わたしは、
君のことをほとんど
愛してしまっているのだと思う。
君のためのワインを、
わたしは一本用意している。
君のことなんて
考えてもいないふりをしながら、
心のどこかで君を思い浮かべつつ、
苗木を植え、育て、実をもぎ取った。
実から果汁を絞り、
瓶詰めにいたるまでのすべての工程を、
そっと、そして心から
やり遂げた。
その一本を、
わたしは大事に抱いている。
君がそれを
けっして口にしないことも、
おそらくは分かっている。
それでもいい。
君には知っていてほしい。
君のためのワインが
ちゃんとここにあるということを。
わたしは理解するようになった。
二本の歯のあいだには、
入れる隙間は一つだけだという
単純な論理を。
だが、君とわたしのあいだでは、
そんなロジックは通用しない。
君とわたしの間には、
詰めきれないほど
たくさんのものが
はさまっているからだ。
人間にはファンタジーが必要だ。
退屈な日常に
少し命を吹き込むために。
君の犬になって、
君の手のひらが
敬虔な撫でとくすぐりで
わたしの毛並みをたどるのを感じたい。
一緒に自然の中を散歩して、
誘惑する匂いを
嗅ぎ合いながら歩くだろう……
ときには君のもとから
逃げ出してみせる。
そして君は、何もかも
なかったことにしてくれるだろう。
わたしが戻ってきたというだけで、
心底しあわせそうな顔をして。
君は決まり文句を愛している。
わたしはいつだって、
新しい、神さま知らずの比喩を
次々と孕ませてやりたいと思っている。
それらを育て、甘やかし、
指先と舌でたっぷり愛でたい。
わたしはそれらを
夜空へ打ち上げる砲台になる。
そしてそこから、
飢えた人類の上に
降りそそがせるのだ。
そのうちのひとつくらいは、
いつか本物の
決まり文句に育ちますように、と。
ときどき、こんなことを
くよくよ考える。
ほとんどみんなが
わたしのことを好きだと言ってくれるし、
何人もが
わたしを愛してくれているのに、
誰ひとりとして、
わたしに本気で
恋したことのある人はいないのだ、と。
きっとそれは
大きな嘆きなのだろう。
いや、たいしたことではないのかもしれない。
そのあいだくらいの
微妙な大きさかもしれない。
わたしは、あいつのところへ
スパイダーマンみたいに現れる。
最初のうち、わたしは
あいつの美しさになど
気づかないふりをしている。
やがて ― もちろん、わざとではなく、という顔をして ―
蜘蛛の糸にちょっとしたトラブルが起きて、
二人して、その網に
からめ取られてしまう。
あとは、まあ、
どうにかなるだろう。
ただひとつ必要なのは、
あいつが先に、
わたしに夢中になることだ。
覚えているかい、二人が
キスをしたときのことを。
とびきりだった。
忘れられない出来事だった。
もし覚えていないのなら、
慌てて
薬を変えてもらいに
医者へ駆け込む必要はない。
あれは、わたしの夢の中で
起こったことだから。
君とその夢のあいだのつながりは、
糸のようにかすかだ。
もし「おかしい」のがどこかにあるとしたら、
その場所は、ちゃんと
わたしの側にある。
わたしは空っぽだ。
いくつかの役柄と服だけが
中に吊り下がっている。
誰かが、息を吹き込んで
こんなふうにふくらませた。
本当なら、ぺしゃんこで
いるべき存在なのに。
そのことを分かっているのは、
クロスワードパズルで
わたしを解き明かした人だけだ。
いつかもし、わたしから
どれか一つの感覚が欠けてしまっても、
それでも世界が美しくあることを
邪魔するわけではないし、わたしの世界の美しさも同じだ。
たとえなら、わたしは「美しさの匂い」を嗅いでみせる。
わたしが土に横たわり、
朽ち果てつつあるときでさえ、世界は美しい。
いつかもし、
植物のように寝たきりになってしまったら、
少しでも状況が分かるかぎり、
きっとわたしは息苦しく感じるだろう。
心の中で暴れ狂っても、
誰にも気づかれない。
そして、医療化というものを呪う。
そんな経験は、生涯ぜったいにしたくない。
けれど、もしそうなってしまったら、
それもまた、背負うべきものなのだろう。
誰にだって、それぞれの十字架がある。
そのときだけはせめて、
狭いところが怖くなる発作が
小さなからだを襲いませんようにと、
祈るかもしれない。
それでも、世界は美しい。
休暇だ!
何もしないでごろごろする権利、
気の利いたことを一言も言わずにいていいという許可。
ただ、太陽のぬくもりに溶けて、
どこか高い空へと蒸発していく、
ああああ……。
ひゃっ! もし雷雲の中に
迷い込んでしまったらどうしよう!
わたしは、見た目にこだわるほうではない。
それでも、地球の美しさと、
女たちの美しさを味わうのは大好きだ。
あるとき、わたしは
その二者で美のコンテストを開いてみた。
女たちのからだからは、湖も海も見つからない。
地球が笑みを浮かべるのを、わたしは見たことがない。
女たちには、雪をいただく山の頂はない。
地球の「目」が、わたしをとろけさせるように
見つめ返してきたこともない。
女たちのからだの上に、
緑の森が生い茂ることはない。
地球は、女性的な曲線を
これ見よがしに見せてくれるわけでもない。
それでも、どちらにも
やわらかな官能性がある。
どちらにも、美しく、やさしく、
子どもたちを包み込む母性がある。
点数をつけるのは、
ひどくむずかしかった。
それでも最後には、
女たちに勝利を譲ることにした。
なぜなら母なる地球は、
わたしが口出ししなくても、
自分が美しいこと、世界一美しいことを、
生まれつき知っているのだから。
生きていることは、人を殺しはしない。
まあ、生きるのをやめたところで、
それで死ぬわけでもない。
失敗はしばらくのあいだ、
小さなものなら少しだけ、
大きなものなら少し長く、
わたしたちを赤面させる。
だが、死ぬころには、
もう何一つ恥ずかしくはない。
それよりも、
一度も、ちょっとした悪さや愚かさを
試してみなかったことのほうが、
よほど気まずく思えるかもしれない。
人類はじつに見事に、
心配ごとと恥を
でっちあげることにかけては天才だ。
まるで天職のように、
破滅的な憎み合いだけでなく、
何の意味もない精神的な
自己いじめまでも続けている。
すべての人間は、それぞれの美しいやり方で
どこかねじれ、曲がりくねって育ってきた。
一本一本の木がそうであるように。
そのおかげで、すべては予測不可能になり、
人生はスリリングになる。
どこか歪んだ者同士が二人、
寄り添うことで、
平均してみれば、案外まっすぐに
立っていられることもある。
人生とは、舐め合いだ。
わたしたちは病的なまでに、
互いのご機嫌取りを欲しがり、
そのあいだに自分の真実を
どこかに置き忘れてしまう。
互いにしがみつき合っている。
君にひとつ約束しよう。
君はつねに、
わたしを喜ばせ続けなくていい。
たとえ、わたしがこんなにも
大事な存在だとしても。
君はそのままで、まるごと愛おしい。
もし、わたしが何度も何度も、
君を疑い、軽んじ、矮小化し続けるのなら、
問題は君にはない。
それは、まぎれもなく
わたしの側の問題だ。
それはただの
精神的な暴力にすぎない。
君がそれを、
もう暴力として認識できなくなっていたとしても、
ちゃんと「学習」させられてしまったあとでも。
自然というものは、
そもそも不公平さのうえに成り立っている。
けれど、社会がそうである
必要はないし、あってはならない。
自然にならえと言う人たちは、
じつのところ、こんなことを
押しつけようとしている。
競争で勝ち抜いた英雄たちのために、
人生に蹴り飛ばされた人たちを相手にした
ペナルティーキック戦を
用意しよう、という考えを。
どんな人間もみな、
いらだたせる要素で
びっしり満ちている。
それは、斜め左後ろの上方から
じっと眺めれば、
いやというほど見えてくる。
だが、そもそもどうして
そんなふうに見ようとするのだろう。
とりわけやっかいなのは、
こう言ってくる人たちだ。
「人が人をいらだたしく感じるのはね、
斜め左後ろの上のほうから
見てしまうからなんだよ」と。
夢を現実に変えるには、
まず夢見る人たちが必要だ。
では、現代の夢見人たちはどこへ行ったのか。
音を消され、追いやられ、忘れ去られて、
単調で、うんざりするような行進を
じゃましないところへ閉じ込められている、
行き先の見えない未来へ向かうその行進を。
わたしは明日、
「ビジョン」を手放し、
ただの「夢」を見ることにする。
どうぞ、真似してくれてかまわない。
中世には、
多くの人が飢え死にしても
たいして気にもとめなかった。
中世には、
人々のひらめきは押さえつけられ、
「正しい考え方」だけを
するよう強いられた。
中世には、
人間の存在そのものの価値は見えず、
価値は後から稼ぎ取るものだとされた。
暗黒の中世は、
少なくとも、ついさっきまでは
ちゃんと続いていた。
多くの人は、分かったつもりでいる。
世界が最終的に、
少なくともほとんどどういうものになるのかを。
彼らは信じている、
現代科学がいつか
真理を飼いならしてくれると。
だが、科学という道具は、
あまりに不器用だ。
おばけ一匹見つけることさえできない。
科学と、芸術と、宗教をまとめて抱きしめるとき、
世界をつかむ手応えはぐっと増し、
おばけたちでさえ、いつのまにか姿を消す。
あなたは、本来、理解されるための存在なのだろうか。
あなたは、奇妙なコードを
ぱっとわたしの目の前に投げつける。
わたしが時間をかけてようやく
それを読み解いたころには、
賞味期限はとうに切れている。
わたしは君の中から、
一本の赤い糸を探す。
そして、たしかに見つける。
けれど、その糸を引きはじめた途端、
照明がするりと色を変え、
その糸は、いきなり茶色に見えだす。
君はしたたかだ。
君の筋書きを分析して、
そこから立派な自然法則を
組み立てたと思ったら、
君はいつも「例外」として現れ、
その法則をかろうじて支える役目をする。
わたしの手元に残るのは、
美しい理論だけだ。
そこでわたしは、運命を自分の手に取り戻し、
君の頬にキスをしようと決める。
狙いを定めたその瞬間、
君はくるりと天地を反転させ、
わたしの口には、君の膝が入っている。
これで足りるだろうか。
わたしの社会的知性は、
どうにも追いつかない。
少なくとも君は、
フィンランドの自然図鑑のようには
読めない存在だ。
君はむしろ、
三コマのギャグが並んだ
漫画雑誌に近い。
ひとつのギャグから
次のギャグへと進むたびに、
それまでのコマは、もう何の意味も持たなくなる。
人生よ、ありがとう。
人生がなければ、君のそばに
わたしは決して辿り着けなかった。
わたしが君にどんな祝福を
かけてきたことか。
君の中の、ある空白を
わたしは埋めてきた。
わたしの目と笑顔は、
冷たさをふりまく人間社会が
決して与えてくれない温もりを、
君に差し出してきた。
わたしがたわいない決まり文句を
ひとつ口にするだけで、
君のこわばりはたちまち溶ける。
わたしの抱擁の中で、
水を恐れていた心は、
飛び込まずにはいられないほどの
渇望へと変わっていく。
ただひとつ不思議なのは、
君がどれほど長い時間をかけて、
わたしの重みを理解し、
受け入れてくれたかということだ。
結婚は、愛以上のものだ。
信頼、友情、安全。
それらすべてであり、
なおかつその先にある何かだ。
それでも、土台にあるのは、
やはり愛である。
もっとも澄みきった、屈折しない光は、
愛の輝きだ。
それは、目と目のあいだを行き交い、
その熱を心臓のあたりに
はっきりと感じさせてくれる。
どうか二人の未来を、
その尽きることのない光の中に
浸しておいてほしい。
愛は、燃えさかる必要はない。
ただ、温めてくれればいい。
愛は、言葉に読みとれなくてもいい。
ただ、感じ取れればいい。
愛は、単純明快である必要はない。
ただ、こちらへおいでと
手招きしてくれればいい。
肝心なのは、愛が「ある」ことだ。
それは育てることも、
いとおしむことも、
からかうことさえできる。
ときに、愛は眠る。
けれど、そのあいだも、
再び表に出る瞬間を
じっと待っている。
あなたたちは、互いを選んだ。
あなたたちは一つだ。
互いを得て、互いを
その手で勝ち取った。
そこには信頼が要る。
意志が要る。
そして、繊細さが要る。
世界には光がある。
あなたたちは、その光を
互いの中に見てきた。
人生には、闇もまたつきものだ。
どうかその光を、
互いのほうへ向け続けてほしい。
そうすれば、闇でさえ、
意味のあるものに感じられる。
彼らは、わたしにだけ分からない
見事な言葉の弦を張りめぐらす。
わたしにできるのは、
「どこかへ行ってくれ」と手振りで示すことだけ。
彼らは神さまの「秘密の名」ひとつ半をすべて知っていて、
その名をぶつぶつ唱えている。
わたしはただ彼らを見つめ、
自分の卑しさを必死に隠している。
彼らはしたり顔で「参加」している。
みんなが彼らの笑い声を聞き、
その残響は耳の奥の隅で鳴りやまない。
彼らと並んでいると、自分は深い井戸の底に
落ち込んでいるように感じる。
そこからは手振りすらできない、
「飛んで行け。そして、それでも助けてくれ!」と。
水面に指先を浸した瞬間、思い知らされる。
水は底なしに満ちていて、
わたしが疲れたら、何もかもが
わたしを溺れさせうるのだと。
彼らの役目は、まさにそれだ。
口元に薄い笑みを浮かべながら、
闇の民をきれいさっぱり片づけること。
彼らにとって意味を持つのは、光と真実だけであり、
わたしはそのどちらも体現していない。
どうにもならない。
わたしは地獄に落ちるか、
目を閉じるか、そのどちらかだ。
彼らが存在しないかのように、
振る舞ってみるしかない。
この嘘だけは、
まだ試してみなければならない。
わたしはうずうずする。
君が何の役にも立たないときほど。
君はただ、抽象的に
わたしの人生を甘くしてくれるだけだ。
それで、おしまい。
せめてホワイトチョコレートになってくれたら、
一口かじることもできるのに。
君は、世界のあらゆる不正から
わたしの注意をそらしてしまう、
震えるような魅力のかたまりだ。
世界はもともと地獄からの産物なのに、
君はその感覚を台無しにする。
あの世への憧れをかき立てておいて、
そこで話を止めてしまう。
どうしても天使でなければ気がすまないのなら、
せめて地獄の天使でいてほしい。
そうすれば、安心して遠ざけられるのに。
君になんか、堂々と中指を立ててやる!
なんという浪費だろう。
わたしは一度も彼女に伝えられなかった。
彼女がどれほど大切で、
どれほど愛おしい存在だったかを。
一つの可能性の大河が、
くだらない臆病さのせいで
干上がってしまった。
かなりの頻度で、わたしは考えてしまう。
どこかで手違いが起こったのではないかと。
わたしが人間として生まれたこと自体が。
本当は、ああいうことを
考えなければならないのだろうか、わたしも。
どうにも、こう思えてならない。
わたしは本当はトナカイとして生まれ、
それからサンタクロースのところへ出向いて、
空を飛び、ソリを引き、
世界中の子どもたちに
贈り物を届けるはずだったのだと。
とはいえ、子どもたちに
あまりにもたくさんのモノが与えられているのを見て、
早々にうんざりしてしまったかもしれない。
結局のところ、こう信じるしかない。
わたしの運命は、ちゃんとした知恵で
選び取られたのだ、と。
そう、わたしはずっと待ってきた。
わたしの中で偉大な洞察が芽ばえて、
人類全体を、少しでも光のほうへと
押し進めてくれるのを。
せめて社会を。せめて、このわたしを。
ところが、わたしの思考は
驚くほどちっぽけだ。
ただの反射、雪の結晶か砂粒みたいなもの。
たしかに可愛らしくはあるが、
ひと吹きで飛んで行ってしまう。
文字にすると、さらに縮んでしまい、
ひと目見ただけで読み飛ばされる。
おまけに、その一つ一つにこびりついた
説明のつかない埃 ― あまりにも汚く、あまりにも背徳的な。
そして光までもが、
太陽が昼も夜も沈みっぱなしでいるかのように、
どこかへ去ってしまう。
わたしはこんなにも、ずれている。
俳句でありながら、
なぜか下から
奇妙なかたちに変形していく最中なのだ。
わたしは透けて見える。
わたしという存在を作っている
すべての空っぽさは、
あまりにもあっさりと見抜かれてしまう。
それでもわたしの役目は本来、
いろんな波長と次元で
光を反射することで、
そこから一つの色、できれば虹のような
色彩の帯を立ち上げることだった。
ところが、もしわたしがただの
ささやかな幻にすぎず、
光ろうとあがいているだけなら、どうだろう。
どうか「真実」を探さないでほしい。
それを見つけられてしまったら、
わたしはもう、ここにはいられない。
どうかわたしを許してほしい。
あのとき、君のほうを見なかったことを。
君が誇らしげに、人生に疲れた肩で、
小さなかぎ針で編み上げた繊細な作品を
火山の噴火のただ中で
見せてくれていた、そのとき。
わたしはちょうど、自分の最新の詩句を
思い出したところだったのだ。
……それでも、許せない?
わたしは激しく渇望している。
きみの中にある、それを。
もちろん、ほかにも
たくさん大事に思っていることはある。
いいや、わたしは依存なんかしていない。
まったく、そんなことはない!
ただ、この人生に耐えられないだけだ。
この人生を、
それなしでは。
どうして、そんな比較ができる?
わたしは夜の深い眠りから
まだぼんやり目覚めたばかりの、
あの夜明けそのものだ。
しかし、濃いコーヒーを飲んだあとには、
火花のようなまなざしを放つ。
あれはといえば、
うつらうつらした連中のあいだで交わされる、
夜の最後の冗談にすぎない。
たしかに笑えるには笑えるが、
誰が「そろそろお開きにしようか」と
口にする元気を残しているだろう。
君には分からないのか。
君は、わたしを愛しているのだよ。
君はわたしを「間抜け学」に誘い込んだ。
わたしは逃げ腰だったせいで、
ぎりぎり合格点くらいの評価しか
もらえなかった。
彼らは、わたしに甲高いハイE音を
出すよう歌わせたが、
わたしにはオクターブとオクタン価の
違いすらよく分からない。
彼らは、わたしの誇りを
きれいに奪っていった。
そんなわたしが、ほんとうに
きみのタペストリーとして
壁に掛けられるだろうか。
別の誰かを弟子にして、
その人には奨学金でも
与えてあげてほしい。
きみの教えは、本来、
脳波が「1、X、2」とだけ
規則正しく刻んでいるような人間にこそ、
向いているのだから。
わたしは雲に恋をした。
頬にふれる、その暖かく、
やさしい感触に。
あの雲は、人間の言葉を知っていた。
― なんて魔法だろう!
雲はささやいた。「ああ、ええ」と。
わたしはそれを、
自分への愛の告白だと解釈した。
そうでなければ、
あんなことばが出てくるはずがない。
そこで太陽がふと目を覚まし、
雲を消してしまった。
水分子たちはようやく、
自分たち本来の目的を
果たしに行けるようになった。
そこに、わたしは含まれていなかった。
わたしは友だちの縁(ふち)に立って、
タンポポの黄色い花の数を
数えている。
数が奇数かどうか、確かめながら。
ひとつかみ摘み取って、もぎって、
統計的に有意な結果が出るまで
続けるのが、一番自然に思える。
君はきっと、
永遠のニリンソウのつぼみでいられた。
なのに、どうしてわざわざアザミのふりをして、
日ごとに情熱を増していくのか。
そんな日々が過ぎていくあいだに、
タンポポの黄色は白に変わる。
あとは、ひと吹き。
そして、数えるのが
ずっと楽になる。
わたしははっと目を覚ます。
起きている世界に残っているのは、
傑作からこぼれ落ちた文章の断片と、
到底説明のつかない楽曲の、切れ切れの旋律だけ。
わたしはただ、眠り続けたい。
わたしは聞きたいのだ。
わたしの相棒の声が、
わたしの一部として響くのを。
夢の中でのように。
慰めとして、わたしのもとには
共に紡いだ交響曲や叙事詩の
記憶が残っている。
けれど、それらでさえ、
どこかよそよそしい。
一つを抱きしめようとすると、
みんなが揃って泣き出すのだ。
わたしも一緒に。
ハエは、
死んだ肉から湧いてくる。
せめてこんな意味が
この関係の死にはあるだろうか。
空に向かって、
新しいハエが飛び立っていく、
そんな役割が。
わたしは、ほんとうに君をめぐって
あれこれやってみた。
わたしたちの高みまで
手を伸ばそうとした。
君を星座のひとつに
祭り上げたりはしなかったが、
わたしの知る十二の月のすべてを
君に重ねてみたりはした。
それから、子ども向けの絵本に描かれた、
笑顔のついた月のような存在としても。
わたしは歓声を上げながら叫んだ。
「愛の物語を聞きたいか」と。
君はこう言った。「わたしの耳元で
怒鳴らないでくれる?」と。
何か大事なことを
もうひとつ聞こうとしていたのに、
そのときには、もう力が残っていなかった。
わたしは強烈な酸の攻撃を装って、
君がわたしに逆らえないようにしようとした。
けれど君は、博識な学者らしく、
甘いものがいかに罪深いかを
知り尽くしていた。
そこで今度は棺を装い、
白い花で飾って、
君の涙をわたしの上に落とさせようとした。
それでも、君の心は動かなかった。
わたしは途方もなく長いあいだ、
君の自我の地形を
手探りしてきたというのに。
それなのに、それはやけに小さすぎたり、
逆に巨大すぎたり、空っぽだったり、
どこにも触れられなかったりした。
どんな状態であれ、
わたしには手に余る代物だった。
あるいは君が、そもそも
常識では理解できない全体として存在し、
わたしの真実を理解するには、
少々「非科学的」すぎるのかもしれない。
ひとつだけ言えるのは、
わたしの真実は十分に試されてきたということだ。
火の中をくぐらせても、少しも焼け焦げなかった。
もしかすると君は、
表情のない顔文字にすぎないのかもしれない。
もしそうなら、どうか目を覚ましてほしい。
君には、ちゃんとした人間として
生きる素質があるのだから。
わたしなら教えてあげられる。
どんな生き方が、「ほどよく」生きることなのかを。
闇に沈んだ家々がある。
そこでは、光のことを語る嘘が
愛されてきた。
そして、あわててきれいに掃き集めた記憶が、
そこかしこに潜んでいる。
それらはヘルペスのように、暗がりから
這い出してきて、
ちょうど人がいちばん無防備なときに
皮膚を引き裂く。
それらは人の歩みをくまなく見張り、
招かれもしないのに、いつもそこにいる。
彼らは、そう教え込まれてきたがゆえに、
少しだけ首を絞める。
ときに、きっちりした清潔さこそが
息苦しさを呼び込み、
ときに、こぼれ落ちるしずくがそうする。
それらはいつも嘘をつきながら、
絶対的な真実だけを求める。
誰もその支払いをしなければ、
それらは「遺産」として引き継がれ、
血の中にしがみつく。
そして、何かがようやく
報いを受けるたび、
あの笑顔が浮かぶ。
だが、その笑顔は、
どれほど魅力的に見えようとも、本物ではない。
心から湧き上がるものではなく、
鏡から引き出されているだけだ。
その笑みにも、そのすべてにも、
細いひび割れが走っている。
君は完璧だ。
これ以上、何も
いらない。
もっとあっても、
別に悪くはないけれど。
君はまさに、
いま世界が必要としているものだ。
上から見ても、下から見ても、前から見ても、後ろから見ても、完璧だ。
世界を美しくしているのは、嵐とひび割れ。
君も、まさにそうだ。
もちろん、
不満を抱いていてもいい。
その少しの不満さえも、
君を少し美しくする。
君の首筋のこわばりを、
わたしは心から讃える。
そのおかげで、境界線を越えて
仏頂面の王国から抜け出す、
ちゃんとした口実が手に入る。
わたしの両手には、
君の首筋へのビザが
すでに押されているのだ。
君をください、
どうも。
少し生焼けでも、
かまわない。
本当は、生地のままが
いちばん好きだから。
しかも、コーティングなしで!
わたしは、自分自身を
君の魂の領土へと
こっそり運び込むつもりだ。
君!
君を。君を。
君に、君と、君へ、君の中で、君として、君であり、君から。
君から。
君を。君!
わたしたちのルシア行列は、
日ごとに、
人生から贈り物を受け取りに行く。
その先頭で光の道を拓くのは、
当然のように君だ。
人気投票なんて、
必要なかった。
君のろうそくは、
ぎこちなく揺れている。
けれど、ほんとうは君に
ろうそくなど要らなかったのかもしれない。
君は、もうとっくに
何も持たずに
輝いているのだから。
わたしで、遊んでほしい。
君さえ望むなら、わたしは
サルミアッキ味のガムになる。
君はそれを音を立てて噛み、
大きな風船にふくらませて、
派手に破裂させてもいい。
あるいは、
撃ち合いごっこの道具にしてもいい。
病的に厳格なフィンランド軍の号令が聞こえる。
――装填、用心!
けれど、ニンニク味のガムだけには、
どうしてもなりたくない。
わたしたちには、たしかに
この恵まれた生息圏がある。
その中にいるとき、
幸せでいることは、いっそう幸せだ。
どちらかが受け取るとき、
同時にどちらも与えている。
そのおかげで、
胸のあたりについた小さな傷跡など
たいした意味を持たなくなる。
わたしは自分に恋している。
おそらく、そうなのだろう。
なぜなら、君がいつのまにか
わたしの思考と心の中心を
占めるようになったから。
アフロディーテ!
君は、愛の刻印を
全身に押されている。
どこを歩こうと、
君は天を与え、天を受け取る。
そばに、ほんの少しでも
小さく温かな心臓が
いくつか鼓動してさえいれば。
君が近くにいるほど、
わたしは自分の性別を
やけにはっきり思い出す。
けれど君は、何時間も車で走った
遠い場所にいるときでさえ、
平気でわたしの思考に
飛び込んでくる。
君は、わたしに持病をうつした。
それは、どうやっても
君自身を噛むことはないが、
わたしには遠慮なく
噛みついてくる。
君が現れる前、わたしは
「君不在症候群」のことなど
何も知らなかった。
けれど今は、
存分に思い知らされている。
わたしは、火災警報器から
電池を抜かなければならなかった。
なぜなら、君を激しく
愛しているからだ。
たった一人の人間が、
世界全体を変えてしまうことがある。
ひとつの取るに足らない身体、
肺や小腸や心臓を抱えた、
ひとつの命。
神経症も、怒りも、頭痛も携えた、
ひとりの英雄的な魂。
その人が、謎めいた香を
すっと焚きしめるだけで、
闇はどこにも見当たらなくなる。
わたしは君の中から、
わたしの加速器の中で
爆ぜることのない
最後の一粒までも探し出したい。
君は、すみずみまで
わたしに見せてくれるだろうか。
わたしなら、少なくとも
君のすみずみまで
たどり着こうとする。
わたしは君に花束を
持って行ったりはしない。
君自身に育ってほしいし、
自分で水をあげてほしいから。
土は、そのときが来たら
入れ替えよう。
たとえ、そのたびに少し
痛みをともなっても。
君は、わたしのチャイナローズだ。
ちょっと待って、君に話しかけるから。
花はそうやって、
いっそうよく育つのだ。
ごめんね。
わたしはときどき、
感受性をどこかへ置き忘れてしまう。
難しい問題を頭で追いかけているとき、
そうなりがちだ。
そんなときのわたしは、
感情のない人間に見えるかもしれない。
でも、夜になったら
君の前でちゃんと泣くと約束する。
わたしを君の腕の中で
死なせてほしい。
そのとき、わたしは約束する。
まったく別の、
もっと愛されやすい存在として
生まれ変わると。
陣痛のような収縮が起こり、
わたしはどんどん小さくなる。
やがて、わたしのどこを見ても、
もう、うんざりする部分など
見つからなくなるくらいに。
たったこの三つの言葉だけで、
すべてを要約するには十分だ。
ほかは不要かもしれないが、決して無意味ではない。
たとえわたしたちがすみずみまで読まれたとしても、
永遠に解けない謎のまま残るだろう。
その価値は、はかることができない。
わたしたちは無でもあり、
すべてでもある、
どんなまなざしで見られるかによって。
なぜ、テレパシー体験を
一度も味わったことのない人が、
テレパシーを信じなければならないのだろう。
そして、なぜ、
それを経験したことのある人が、
テレパシー体験の存在を否定しなければならないのだろう。
もし、わたしが
時のはじまりの神だったら、
最初に創るのは天使たちだろう。
彼らは、見ていて愉快だから。
だが、わりとすぐに
人類も必要になる。
チョコレートを作ってもらうために。
神には、
人間をさばく権利などない。
もし神自身が、
どうしようもない窮地とは何か、
気がふれるとは何か、
人格がゆがむとは何かを、
自分で味わっていないのなら。
それに、神はそもそも
裁きになどやって来ない。
ミス神さま、
君はきっと笑いをこらえるのに
苦労しているだろう。
あの説教者たちの話を聞きながら。
彼らは君を、
わたしたちの先祖たちが何千年も見せてきた、
あの同じ「イカれた頭」だと
信じ込んでいる。
もし君がほとんど全能なら、
神さま流の笑いを
上品に抑えることくらい、
きっとわけはないだろう。
少なくとも、
わたしの詩を笑うのだけは
やめてほしい、どうか。
いや、やっぱり、
やっぱりいい。
どうぞ、笑っていてくれ。
サタン級にやさしく
もう一人の人間に
ぴったりくっついていること。
――それが、天国だ。
まさにそれこそを、
天使たちはうらやむ。
この濃密な現実は、
わたしたちの目から
額縁の向こうを隠してしまう。
そこにあるのは、一枚のキャンバスだけ。
わたしたちは、その上に
筆が「正しい一筆」を置いてくれるよう
祈るばかりだ。
合成の色彩を毛布のようにかぶらずに、
真実を覚えていることはなんと難しいことか。
だが、色とは結局、
波長と視点を使った遊びにすぎない。
そして絵は、詩なのだ。
自由に解釈されるための。
巨匠の想像力は、
どんなイラストよりもはるかに勝る。
神の涙は、
完全なる至福の空虚さから
あふれ出る。
創造することは、
無目的さを一瞬まひさせる。
だが、全能であることは、
神性そのものを地獄に変えてしまう。
神は、被造物たちに
自分の空虚さを見ないでいてほしいと、
どれほど渇き望んでいることか。
「ある」ものはすべて、
わたしの中にも「ある」。
わたしたちのあいだに、
ほんとうの境界など存在しない。
わたしたちはあらゆるものの体験そのものであり、
その輪郭線は、
きわめて精妙な意匠として描かれている。
わたしたちの個別性も、秘密も、暗がりも、
たしかに「ある」。
だがそれさえ、
愛おしい雫のような、比較的永続する幻にすぎない。
わたしたちが「らしい」とされるものも、
そうでないものも、
丸ごと味わおう。
それを、人生と呼ぶ。
すでにあったすべては、
わたしの中にあり、
あらゆることへの説明になっている。
時間などない――いや、ある。
わたしたちの理解は、
動いて見える帯を必要としている。
あらゆる未来は、
すでにわたしの中で芽を出し、果てしない可能性をたたえながら、
歴史であると同時に、
まだ出会うべきものとして息づいている。
わたしたちは、すべてを満たす
無限の種子カタログであり、
自分自身の「目」をじっと見つめるとき、
そこには目などないにもかかわらず、
空虚さの充満そのものに出会う。
わたしたちの多くは、
宇宙のただ中をかすめていく
一時的な粒子にすぎない。
神々だけが例外で、
しっかりとした手ごたえを持ち、
それでも意識的には
いつも外側に立っている。
それでも彼らは強調する――
一時的であることは幻だと。
時間と同じように。
体験されたものはすべて、
永遠なのだ。
人生とは、長く続く礼拝のひとときであり、
そのあいだ好きなだけ
騒ぎ立てていてよい。
こうして、人間という奇跡も
せめてほのかなニュアンスとして
残ることになる。
わたしたちは、本当は
自由の歌を口ずさむことを
望まれている。
ひとつの歌ではなく、
それぞれが自分の歌を作曲して。
巨大な機械仕掛けの歯車としてのわたしたちは、
じつは小さな脱線にすぎない。
むしろ、混沌の流れの中の
ひとつの粒子としてのほうが、
よく似合っている。
けれど、その高さまで
たどり着けない人もいる。
恐れのゆえに、恥のゆえに、
感謝のできなさゆえに、怒りゆえに。
それでも、その人は
断じて裁かれてはいない。
それもまた、ひとつの歌なのだ。
わたしは、自分の人生のすべての音を、
もう一度聞きたい。
気づけなかった音でさえ、
聞く覚悟はできている。
見えないまま、使われなかった鍵たちこそ、
いちばん重く鳴るのかもしれない。
いくつもの道のうちには、
陰うつな孤独の道もあったし、
ほかの人たちに踏みつけられてばかりの道もあった。
それでも、わたしの足音はどれも、
美しい響きを持っている。ああ!
夜になると、蘇った死者たちがみな、こう慰めてくれる。
人生なんて、ただの夢で、
目覚める先はパロディだと。
わたしは、その夢を昼間にも
持ち込みたいと願う。
けれど、わたしの死者たちと
真正面から向き合うのは、
悪夢の最中に差し込むCMのような、
ほんのわずかな時間だけだ。
昼の夢から、
わたしはむなしく確証を探す。
昼間に、夜の真実を
信じてよいかどうか、
だれも耳もとでささやいてはくれない。
問いは、こう響くはずだ―― rst ema?
わたしの目は、わたし自身よりも年上で、
あまりにも多く、
他人の苦しみを見てきた――たぶん、見すぎた。
わたしの微笑みは、わたしより若い。
本当に震えたことがあるのは、
美しいものの前だけだから。
ときおりその笑みは、おずおずと
苦しみの前に姿を見せようとしてきた。
何かを持ち上げようとして。
だが、その力はあまりにも頼りなく、
かろうじて顔を出すのがやっとだった。
ようやく、すべてを見てきたわたしの目は、
闇の中でも燃えることを覚えた。
いつか、微笑みのほうも
理解へとたどり着くだろう。
世界の「状態」ではなく、
世界そのものを愛することから
湧き上がる微笑みに。
そうやって、わたしは
ちょうどよい塩梅に年老いていく。
死んでから、ようやくわかった。
自分の闇にもかかわらず、
どれほど多くの光を
わたしが生み出していたのか。
死んでから、ようやく気づいた。
どれほど、
「少し」が大きな意味を持つのか。
人と人とのあいだを流れるもの、
目にもとまらぬ、取るに足らぬ、
存在しないかのようなその流れ…
それこそが天の大きさを埋め尽くしている。
これほど大きなものはない、
宇宙を満たす小ささほどに。
わたしたちは、巨大だ。
だれ一人として気づかない人間の一瞬が、
しっかりとした目的の触れ幅となり、
同時に、やわらかに触れる愛の芯となる。
渇きだけで、水の意味は足りてしまう。
死んでから、ようやく思い出した。
世界の終わりは、
すべての「あいだ」にある、と。
そして、すべてを覆うのは
新しいはじまりだ、と。
正しさが冠をいただくためには、
間違いもまた必要だった。
わたしたちは、「ない」ものではない。
ただ、それ以外のすべてなのだ。
そして、それは祝福されたほど
たくさんある。
死んでしまえば、しばらくは休む。
笑みが戻るまでには、少し時間がかかる。
それは、理解と遊びと、
ゆるしと愛から生まれた笑みであり、
生きていたときとまったく同じ笑みだ。
ただ、そのときには
それを見ることが
できなかっただけだ。
いいや、親族のみなさん、
どうか怖がらないでほしい。
わたしは死んだあと、
自分の存在を騒ぎ立てたりはしない。
だって、わたしは自分の一族を知っている。
だれ一人として、
死者に惹かれてきた者などいない。
それに、あの恐怖の遺伝子だ。
身内の恐怖をあおり立てる存在にだけは、
絶対になりたくない。
けれど、この読者たちは、話が別だ。
遠い未来、彼らがまどろみに沈みかけたとき、
わたしは彼らに、
受肉していない者たちに許された
ありったけの馬力でメッセージを打ち込む。
彼らが思わず声を上げ、
読んだことを思い出すまで。
「ああ、たしかにあいつは約束を守った。
信じておけばよかった」と。
そして最後に、
もう一発、こん、と。
わたしは生き方がわからないから、
詩を書く。
道のりがどれほどあてどなくても、
少なくともわたしのあとには
まっすぐな行が残る。
いつか、永遠の岸辺にたどり着き、
自分をゆるす日が来るだろう。
自分にはたいした分別などなかったことを。
精いっぱい頑張ったつもりでいても、
結局は自分の足に
何度もつまずいていただけだったことを。
お行儀よくちょこちょこと歩いたつもりが、
気づけば家具を踏みつけて
粉々にしていたことを。
いい詩というものは、
人生とほとんど同じくらい多層的で、
ただ、そこまで長くはない。
わたしはその詩のまわりで、
ちまちまと手仕事を続けてきた。
少なくとも、そのあいだは
悪事からは遠ざかっていた。
そして、詩というものは、
愛し合う行為と同じように、
いつまでも残り得るのだ。
わたしたちは、この場所に属している。
だが同時に、物語の世界にも属している。
一人ひとりが、
美しいおとぎ話だ。
ここでは、ひと息のあいだだけ。
すぐに、風の中へ。
物語の国で、
わたしたちは続いていく。
何度も、何度でも。